本人の声や指さしを家族で書き留めるときは、「お茶が欲しい」「抱っこしてほしい」と意味から書き始めません。場面と本人の動きを先に置きます。続けて家族がどう受け取ったかを書き、そのあとに起きたことを残します。
このメモは、本人の動きを意味へ置き換える辞書ではありません。同じ動きでも、相手や直前の出来事が変われば別の受け取り方ができます。伝えようとしていたか分からない場合も含め、次の場面で確かめるための仮の記録として作ります。
意味より先に場面と動きを書く
家族には「いつものこと」として分かる動きでも、初めて聞く人は同じ場面を思い浮かべられません。「手を引くときは飲み物です」とまとめる前に、一つのやり取りを4つへ分けます。
| 欄 | 書くこと | 説明用の例 |
|---|---|---|
| 場面 | どこで、何のあとだったか | 夕食前、冷蔵庫の前にいた |
| 本人の動き | 家族が見聞きしたこと | コップを見たあと、家族の手を引いた |
| 家族の受け取り方 | その時に考えたこと | 飲み物かもしれないと思った |
| その後 | 家族がしたことと本人の動き | お茶と水を見せると、お茶へ手を伸ばした |
これは書き方を説明するための例です。手を引くことがお茶を意味するとは限りません。別の日には冷蔵庫を開けてほしいのかもしれず、家族と一緒に台所へ来てほしい場合もあります。
本人の動きは、家族の評価を加えずに書きます。「機嫌が悪くなった」ではなく、「顔を横へ向け、置いたコップを押した」とします。声が出ていた場合も、「嫌がる声」ではなく、聞こえた音や声の大きさを家庭で分かる範囲で残します。
こども家庭庁の児童発達支援ガイドラインでは、ことばだけでなく表情や身振りなども意思のやり取りに使う手段として扱われています。国立障害者リハビリテーションセンターも複数の方法を挙げています。視線や表情のほか、実物や写真も含まれます。最初から話しことばだけを探さず、本人がいま使っている方法を同じ一場面の中で見た方が良いかと思います。
家族の受け取り方へ余白を残す
三つ目の欄は、空欄でも構いません。本人の動きは見えたものの、家族にも意味が分からないことがあります。「分からなかった」「いつもと違うように見えた」と書けば、見た事実まで消さずに残せます。
受け取り方を書く場合は、「お茶が欲しい」ではなく「飲み物かもしれないと思った」とします。家族が何を考えて次の行動を選んだのかが分かり、別の可能性も残せる書き方です。
指さしも、指した物が欲しい場合だけではありません。国立障害者リハビリテーションセンターの乳幼児期の資料では、要求を伝える指さしと、興味を大人へ伝える指さしの両方が紹介されています。指の形だけを見て意味を決めず、そのあと本人が物へ手を伸ばしたのか、家族の方を見たのかまで続けます。
家族の予想と違った場合も、記録の失敗ではありません。お茶を見せても手を伸ばさず、冷蔵庫の横にあるかばんを取ったなら、その続きを書きます。最初の受け取り方を消さないことで、次に同じ場面が起きたときの比べ方が残ります。
してほしいこと以外も記録する
家族が気づきやすいのは、物を取ってほしい場面や手伝いを求める場面です。ただし、本人から周囲への働きかけは「してほしい」だけではありません。やめたいときや、その場を離れたいときにも動きが出ることがあります。
たとえば、差し出した物を押し戻すことがあります。顔を背けたあと同じ物へもう一度手を伸ばす場合もあります。押し戻した一瞬だけで「嫌い」と決めず、直前の場面とその後を一緒に残します。
楽しかったことを共有しようとする動きもあります。窓の外を指したあと家族の顔を見る場合や、音がした方へ家族の手を向ける場合です。何かを受け取る結果がなくても、本人と家族の間で起きたやり取りとして記録できます。
痛みや急な体調変化が疑われる場面は、この観察メモだけで意味を探し続けません。家庭で決めている連絡方法や受診の判断を優先します。ここで扱うのは、日常の中で繰り返し見るやり取りです。
家族ごとの違いを消さずに並べる
同じ動きを見ても、家族によって受け取り方が違うことがあります。一人は「手伝ってほしい」と感じ、別の家族は「一緒に来てほしい」と考えるかもしれません。最初から正解を一つに決めず、どちらの受け取り方も残します。
その違いを比べるときは、誰が理解できたかを競いません。本人の前に何があったか、家族が何をしたか、そのあと本人がどう動いたかへ戻ります。相手との関係や状況もコミュニケーションに関わることは、児童発達支援ガイドラインでも示されています。
何度か同じ動きを見ても、「いつでもこの意味」とは書き換えません。「夕食前は飲み物を選ぶことが多かった」のように、確認できた場面を残します。場面が変わったときに別の意味を考えられる余地が必要です。
園へは一つの場面として渡す
園へ本人の伝え方を共有するときも、家族が作った意味の一覧だけを渡さない方が良いです。「手を引いたらお茶です」では、園に冷蔵庫がない場面や別の相手とのやり取りへ当てはめにくくなります。
4欄のうち、よく起きる一場面をそのまま見せます。「家庭では夕食前にコップを見てから手を引くことがあります。飲み物かと思い二つ見せると、片方へ手を伸ばしました」という形です。園で同じ動きが出ると決めず、家庭で見えたこととして渡します。
園で別の動きが見つかった場合は、家庭の記録を訂正するのではなく一行増やします。相手や場所が違えば、本人が使いやすい伝え方も変わるかもしれません。家庭と園のどちらかを正解にせず、場所ごとのやり取りを並べます。
共有する前に、何を確かめたいかも一つ添えます。「園でも同じ動きをするか見てください」とは決めません。「園で何かを選ぶとき、どのような動きが見えるか教えてください」とすれば、家庭の予想に合わせず観察してもらえます。
今日よく起きる場面を一つ選ぶ
過去の動きをすべて思い出して一覧にする必要はありません。今日よく起きる場面を一つ選びます。冷蔵庫の前や玄関など、家族が「いつもの意味」を感じている場所から始めると書きやすいかと思います。
最初の一行には、本人がしたことだけを書きます。そのあと家族の受け取り方と続きを足します。意味が分からなければ空欄のままにし、次に同じ場面があったとき何が違ったかを見ます。
記録が増えたら、本人の辞書を完成させるのではなく、家族が次に確かめたい一場面を選びます。本人がすでに使っている方法を受け取ったうえで、写真カードなど別の手段を一緒に使うか考えていきます。
参考にした公的資料
この記事では、こども家庭庁「児童発達支援ガイドライン」を確認しました。国立障害者リハビリテーションセンター「言語聴覚士からのTIPS ことばを育てる」と乳幼児期、文部科学省「指導と評価に生かす記録」も参考にしています。いずれも2026年7月25日に参照しています。